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リクシャーマンの伝言
文:岡山陽一 
漫画:仲能健児

定価:本体価格1400円+税
(税込価格1512円)





解説
旅行人の本
季刊『旅行人』


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購入方法


 漫画◆仲能健児



●日 程 表

 くどいようだが、僕は初めての海外旅行先がインドだった。それまで旅行というものに全く関心のない人間だった僕には、パスポートなどトコトン必要なくビ ザの意味すら知らなかった。驚くなかれ! なんと、僕はパスポートも持たず、いきなり神戸にあったインド領事館へビザをもらいに行ったスジ金入りのアホ だったのだ。もちろん、ビザなどくれるハズもなく、受付のキレイなお姉さんに冷笑されてスゴスゴと引き上げたのだが……。
 僕のアホは、まだまだこんな些細な失敗にとどまらない。

 ビザ申請の前にパスポートと航空券なるものが必要と知った僕は、前回の失敗を教訓にして、知人の知恵を借りた。おかげで難なくパスポートと航空券を手に 入れた上、チケット会社がビザの代理申請をしてくれることになった。やはり、持つべきものは、頭脳明晰で、暇をもてあましてる知人だよなぁ〜と感心してい ると、チケット会社から一本の電話が入った。
「インドビザの件ですが、申請の際に岡山さんの旅行日程表が必要なんです。恐れ入りますが、近い内に当社へ郵送していただけますか?」
 僕は早速、日程表づくりに取りかかった。
 その日から僕は寝食を忘れ、何かに取り憑かれたような集中力を発揮し、約二週間かけてそれを書き上げた。できあがった日程表は、レポート用紙四〇枚にわ たる超大作。その内容は江戸川乱歩賞でも狙おうか……というほど、ミステリアスな内容だった。たとえば……、
──"×月×日 八時三〇分起床。九時から近所のカフェにて、トーストとミルクなしコーヒーで軽い朝食。その後、外国人である私への警戒心をほぐすため、 通行中のインド人とフランクな会話を楽しむ。そして……一六時三〇分にホテルへ帰着。一日の疲れを癒すため、二一時消灯"
 という具合に六カ月分、一八〇日分を延々と書き綴ったのである! 今考えると、チケット会社の人が言う日程表とは、きっと"デリー〜カルカッタ〜デリー "くらいで良かったんだろうな。一行ですむのだ! それをレポート用紙で四〇枚も送ってきたんだから、担当者もさぞ困っただろう。案の定、すぐに電話がか かってきた。
「すみません。あのぅ……あの日程表の件なのですが、あんまり細かく書かれますと……困るんですぅ! 食事の内容とか、天気の予想とかは書かなくても結構 ですから、もう少し……できるだけ短くして、もう一度送ってもらえますでしょうか? す……すみませんっ」と、その恐縮ぶりは痛々しいほどで、担当者の心 労を考えると僕まで悲しくなってきた。
「いいんですよ、気にしないでください。もう一度短くして送りますから。こちらこそ気を遣わせてゴメンナサイね」
 僕は包み込むような、優しい口調で担当者を慰めてあげた。彼の責任じゃない。僕の早とちりが悪いんだ。よく確認しなかった僕に責任がある。
 電話を切ると、すぐ新しい日程表作りに取りかかった。今度は五日で出来た。早速、新作の日程表二〇枚を送ると、またすぐに電話がかかってきて、「こちらで書きます」と今度は非常に短く冷たい電話だったが、問題は解決したようである。
 こんなふうに色々と重大な問題はあったが、「インドへ行くのだ!」と決心したその日から、コワイほど"ビッグ"に成長していく自分が嬉しくもあった。自 信に満ちあふれ、「困難よ、試練よ、来るなら来いっ! さあ俺様が相手だ〜っ」と叫びたいぐらいだったのだが……別に叫ぶ必要もないようで、困難さんも試 練さんも大型バスに乗ってやって来た。
 思い起こせば……これが戦いの始まりだった。この頃から、すでに僕のバカ旅行は始まっていたのだ。