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52%調子のいい旅
宮田珠己

定価:本体価格1300円+税
(税込価格1404円)















解説
旅行人の本
季刊『旅行人』


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購入方法




発作と遭難

 理由はないが、ときどき発作的にずんずん歩く。
 はじめての発作は、大阪の千里丘陵に住んでいた頃のこと、突如京都へ行こうと思い立って、朝から歩きだした。淀川に沿ってえんえん歩いたのである。一〇時間以上かけて京都にたどりついたら、足に大きなマメができていた。

 何かに挑戦するつもりで歩いているわけではないので、そのまま徒歩で日本縦断したりはしない。あくまで発作だから、主に日帰りであり、帰りは電車である。マメなんかできて、そんなつもりじゃなかったのに大迷惑であった。

 しばらく後、部屋で寝ているとまた発作的に歩きたくなって、深夜二時に家を出て、今度は奈良の大仏に向かって歩きだした。大仏を目指すことに特に根拠はなく、なんとなくいいかなと思ったのだ。

 深夜に若い男が大仏目指し住宅街を歩いていく。なるべく直線距離で行こうと思い、住宅街の中でも何でも突っ切った。途中ラブホテルの脇に出て、あの窓の 内側では今頃素晴らしい何かが行われているのではないか、それなのになぜ私はその横を大仏めがけて歩いているのか、それは彼女がいないからである、おお、 なぜ彼女ができないか無念なり無念なり南無大師遍照金剛と唱えつつ通過したりした。

 夜が明けてくる頃には、山道を登っていた。
 考えてみれば大阪と奈良の間には生駒山があるのだ。そんなこともうっかり忘れて出てきてしまった。山道は国道であり、トラックがばんばん通る。危ないう えに坂はきついし、日も昇って暑くなり、そもそも排気ガスで気分が悪く、なんでこんなことやってんのか意味不明である。

 一気に面倒くさくなったけど、山を登り切ったら、あとは意地になって大仏までたどり着いた。一二時間かかった。
 一睡もしていないので、奈良公園のベンチで眠り、ふと目覚めるとあたりはもう暗く、鹿が集まって私を食べようとしていた。

 トルコのカッパドキアへ行ったときも、ネヴェシェヒールという都市からアバノスという町まで歩いた。どのぐらいの距離だか知らないが、途中観光しながら二泊三日かかった。あらかじめ歩くつもりでカッパドキアへ行ったのではなく、これも発作である。

 そのままどんどん歩いて何カ月も歩き倒せば冒険家になるのだろうが、そんなつもりもさらさらなく、なんかちょうどいい場所に着いたら終わりである。何が ちょうどいいかというと、何かの終点とか行き止まりとか大仏とか親戚の家とかが、ちょうどいいように思う。京都のときもゴールは親戚の家だった。

 大昔、北海道の愛国駅から幸福駅行き切符というのが流行った時期があって、その線路沿いも愛国から幸福まで歩いてみた。この場合は幸福がゴールである。 といってもロマンチックな気持ちはさらさらなく、ブームもはるかむかしに終わっていたが、何かキリのいいところを歩きたかったのだ。だったら襟裳岬まで歩 いてはどうか、という意見もあったが、そんなに長い発作は発作ではなく、慢性の病気である。

 北海道と言えば、利尻島も一周歩いた。
 一周はいい。歩く意味がある感じがするし、ゴールも明白である。

 歩きはじめは沓形というところだった。ユースホステルに泊まったら、島を一周歩けば牛乳一本プレゼントと言われたのだ。牛乳なんかどうでもいいが、一周 と聞けば歩かざるを得ない。なんでも五三・六キロあるらしい。マラソンより長いが、歩くだけだからいけるだろうと思い、朝七時半に出発した。

 右手に海を眺めながら歩いていく。島一周がいいのは、ずっと海を見ながら歩けることである。思い出したが、歩いたのではないけど、桜島も三宅島も自転車で一周した。一周には不思議な魅力がある。

 海はいいなあ、と眺めつつ歩いていると、どういうつもりか道がぐいぐい内陸に入っていく。せっかく島を歩いているのに、海が見えなくなって不本意であ る。そんな道では一周感が出ないので、戻って海岸を歩くことにした。砂浜は少し歩きにくいが、まあいい。疲れたら海で足を冷やせるのも魅力だ。

 砂浜をしばらく歩くとやがて行き止まりになった。その先は岩場で、崖である。
 なるほど、一周に気を取られて想像してなかったが、崖ぐらいあって当たり前である。でもせっかくここまで来たので崖でも何でも行こうと思い、崖の下の岩場を伝って進むことにした。そのうちまた砂浜に出るだろう。

 と思ったら崖がどんどんきつくなっていった。
 はじめのうちは岩伝いに歩いていけたが、やがて崖がキッパリと垂直に立ち上がってきた。海と陸が直角である。足場にする岩もなくなり、仕方ないので水中を歩く。水着も何も持ってきていないが、天気もいいし、濡れたってすぐに乾くと考えた。

 荷物を頭に乗せ海に入ってみると、水深は一メートルぐらいだった。かろうじて胸が出る。
 で、そのまま崖の下を進んでいく。陸から見たときはたいした波もなく思えた海が、胸までつかって歩くとなると結構うねって揺れる。

 かばんにはカメラが入っており、濡らすわけにはいかないのだが、海の底はゴロゴロした岩だから一歩ごとに水深が違い、胸ぐらいの深さから一気に腰ぐらい に浅くなったり、また顔しか出ないほど深くなったりして、この先どうなるのか心もとない。深ければ深いほど波の影響は大きく、水中で何度もコケた。かばん だけ手に持って空高く掲げ、ほとんど泳いでるような状態のときもあった。いまさら何を、と思うかもしれないが、このときはじめてやっぱり帰ろうかな、と 思ったのである。

 こんなふうに一周しなくたって牛乳はもらえるのだ。いや、牛乳はどうでもいいけど、何をこんなにがんばっているのかその理由がわからない。別にこんな思いまでして海沿いを歩きたいわけではないのである。

 ふり返ってみると、もときた砂浜は遠くて見えなかった。結構がんばって歩いてきたのだ。途中何度も波にさらわれそうになり、ヒヤッとする場面もあったの で、もうあの危険な道を戻りたくない気がした。しかしこの先どこまで歩けば浜に出るのかまったくわからない。

 私はかばんと顔だけ海から出しつつ、進むか戻るか思案した。思案の結果、どっちも嫌である。一瞬にして砂浜にテレポートしたい。

 海の中でじっと考えていると、気のせいか波がだんだん強くなってくるように思えた。なんか不安だ。大丈夫なのか。一旦上陸して呼吸を整えたほうがいいの ではないか。しかし上陸しようにも前後にしばらく陸地がない。なぜこんな窮地に陥っているのだ。陸のどこからも見えないこんな断崖絶壁の下で、私は一体何 をしているのか。あえて名付けるなら、これはつまり遭難しているのではないか。

 おそるおそる先へ進むと、海はどんどん深くなり、ついにまったく進めなくなった。
 水深二メートル以上ある。もう泳ぐか戻るかしかない。しかし泳ぐには荷物が邪魔だし、服も着てるしスニーカーも履いている。泳げないだろう、そんな格好で。

 とすると戻ることになるが、戻らなければならない膨大な距離に頭がくらくらした。どのぐらいきたのか定かでないが、一時間は闘ってきた覚えがある。どうしよう。このピンチは本物だ。私は気力がなくなって、その場でしばらくゆらゆら波に揺れた。

 そのとき、崖を登ったらどうか、と、ひらめいた。
 見上げると、崖はほぼ垂直に切り立っていたが、高さはビルの四階ぐらいである。登れるのではないか。仮に落ちても下は海であり、死にはしないだろう。崖下に岩がないのが、かえって幸いである。

 私は手掛かりのありそうな場所を選び、思い切って登った。そして苦労しつつもなんとか登り切ったときには、胸に熱い感動が沸き上がったかというと、そん なことはなく、崖の上は分け入ることもままならないほど密生した原生林で、ますますやってられない展開なのであった。

 気力と腕力でぐいっと体を入れてみたが、ほとんど押し戻されてしまう。全然進めない。たとえ進めたとしても、原生林の中どっちへ向かえばいいか方角がわからないだろう。かえって危険なので、私は崖の上を横に移動していくことにした。

 ずっと先に砂浜が広がっているのが見えるし、小さな人影もいる。あそこまで行けばと思い、体中傷だらけになりながら崖上をおそるおそる移動した。ときど き植物がごっそりと崖からはみ出して進路を邪魔していたが、そういうところはその無数の枝に抱きつくようにして身をぶら下げながら進んだ。

 やがて、三〇分ぐらいかかってようやく砂浜の上に出、斜面を滑り降りてボロボロになって生還したときには、思わず拳を掲げ、あやうく「エイドリアーン!」と叫びそうであった。まったく死ぬかと思った。

 砂浜の人影は禁漁のウニをこっそり獲って食ってるおっさんで、突然崖の上から私が滑り降りてきたのでおおいに驚き、慌ててウニをどっさりくれた。口止め 料のつもりだろう。こうして私は利尻島を歩いて一周し、ウニを食ったのだった。一周一二時間ぐらいかかったかと思う。

 もうこんな思いはコリゴリなので、今度は普通に利尻岳を登ってご来光を拝むことにしたら、夜中に登ったせいで沢に迷い込み、あらためて本式に遭難した。
 発作もたいがいにしないといけない。