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旅のそなた!
森 優子

定価:本体価格1300円+税
(税込価格1404円)















解説
旅行人の本
季刊『旅行人』


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「まんげんこ」とは、中国で八〇年代に施行された「開放政策」とかいう新しいシステムによっていきなり巨額の富を得た人のこと。
 要するに「成り金」である。
 現在の中国ではもはや珍しくないだろうが、当時は誰もがその出現を驚いた。
 なんたって中国では、つい昨日まで「どんなにがんばろうとさぼろうと稼ぎはいっしょ」だったはずなのだから。
 私が出会ったのは、そんな「新人類まんげんこ」の典型例だった。
 彼と遭遇したのは、中国シルクロードの真ん中あたりの酒泉という町。
 
 意味ありげな地名のわりには「バスや列車で敦煌から上海に向かう途中ここで一泊せざるをえない」という特徴だけで語り尽くせる、砂ぼこりが舞うばかりの小さな町だった。
 その町にある三軒の宿のうち、いちばん大きなホテルのロビーのソファに、彼はただ座っていた。
 せいぜい二十代なかばぐらいの若僧なのだが、いったいどこで手に入れたのかわからんようなやたらめったらハデな幾何学模様のセーターが、まだ人民服が全盛だった当時の中国では「ただ者ではない」ことをわかりやすく示していた。
「おっ」
 私を見た瞬間に目が輝いたかと思うと、彼はもったいつけるようにゆらりゆらりと近づいてきて「日本人か?」と言った。
 そして私が「そうだ」と答えるやいなや、彼はロビー横の食堂に向かってピキッと指を鳴らして「炒飯、大盛り二人前ッ」と唐突に叫んだのだった。
 食堂のお姉ちゃんの解説(筆談)によると、彼は小作人に畑仕事をまかせて自分は日がな一日ここで油を売り、外国人旅行者に炒飯をおごることを日課としているそうだ。
 まんげんこらも、いきなり成り上がった自身の境遇にまだ慣れておらず、まんげんこなりのスタイルやアイデンティティを模索していたのに違いない。私は中国四千年の歴史のひとつの過渡期に立ちあった感慨を、ネギしか入ってない炒飯の味とともに噛みしめた。
 (1)悪趣味なセーターを好む
 (2)これみよがしに大衆の前で大盤ぶるまい
 少なくとも(1)はジャンボ尾崎の専売特許と思っていたが、成り金の特徴に国境がないこともまた、ここで証明されたのである。