アフリカ日和

¥1,760 (税込) 本体価格:¥1,600

旅の途中で立ち寄ったアフリカに魅きつけられて、気がつくと10年の歳月が過ぎていた。著者をとりまくナイロビ暮らしのあれこれ、スラム街の人々の物語、ケニアの森に住む呪術師の話などなど、アフリカの現実から摩訶不思議な話まで、アフリカって奥深い!

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2017《特別号》No.166
定価1700円(税込価格1836円)
2017年9月29日発売

追加情報

サイズ 344 mm

立ち読み

アフリカの青い空の下

日本を出てからすでに一年が過ぎていた。西へ西への想いに駆られるまま、いろんな国を転々と移動する旅だった。アフリカにやってきたのはそんな旅の途中、 一九八八年十二月のことだ。ここまでの道のりも長かったけれど、これから先もどのくらい旅をしてどこへ行くのか、予定のない期限なしの旅だった。私は二十 二歳になっていた。
ナイロビのジョモ・ケニヤッタ国際空港に降り立つと、私は唯一名前を知っていたリバーハウスに行くためにバスに乗った。道行く人にリバーハウスというホ テルに行きたいと尋ねると、「それならここだ」と指をさされたところは看板も出ていない小さな入口だった。そこはホテルというよりも下町の安アパートと呼 んだほうがぴったりくるような雰囲気で、入るとすぐに階段があり、上に昇るようになっている。階段を昇った先には、三方をいくつかの部屋でかこまれた吹き 抜けの洗濯場があり、頭にカーラーを巻いたアフリカ人の女性たちがロープに干されたたくさんの洗濯物をかきわけながら乾き具合をチェックしていたり、椅子 に座って雑談していた。
流し場のほうへ向かう日本人らしき人が手に鍋を持って通りかかったので、私はあわてて声をかけた。その人は私をちらっと見たが、無愛想な表情でそのまま通り過ぎ、流しで鍋を洗いだした。
安いホテルと聞いていたけれど、本当にホテルなんだろうか? あっけにとられて立ちすくんでいると、さっきのカーラーを巻いた女性が私に気づいて声をかけてくれた。
「あんた、何してんの。そんなところに突っ立ってないで、早くこっちへ来なさいよ」
乱暴な物言いだったけれど、顔は笑っていた。

確かにリバーハウスは変わったホテルだった。もともとは地元の人々が利用する下町のごく普通の安宿を、一九八三年ごろに日本人の長期旅行者が何部屋か共同 で借りたことからはじまったと聞く。私が行ったときは、部屋のひとつを食事をしたり本が読める茶の間にしており、他の部屋は共同寝室になっていた。女性部 屋と男性部屋があり、個室を借りている人もいた。長期滞在者のひとりがボランティアで管理人となり、宿泊者から宿代や食事代を集め、彼が旅に出るときは別 の人に管理人を交代していくという、宿泊客が自主管理している宿だった。一通りの自炊道具が揃い、宿泊客は材料費を出しあい、一緒に食事を作って食べてい た。旅の長い人には料理上手が多く、おでんやとんこつラーメン、握り寿司などびっくりするような料理も時に食卓に上がった。はじめはその雑然とした雰囲気 に面食らったが、私も住人のひとりとしてすぐに溶け込んでいけた。
リバーハウスの住人は約半数が日本人で、あとはソマリア人、ウガンダ人、ケニア人などのアフリカの女性たちだった。彼女たちのほとんどは夜の街で働くお 姉さま方だ。夜になるとびしっと着飾りばっちり化粧して出勤していく彼女たちの、生活感あふれる気さくな昼間の姿を見ることも楽しかった。リバーハウスの 日本人とアフリカ人たちは仲がよく、洗濯をしながら世間話をしたり、一緒にごはんを食べたりした。
「チアキ、来てごらん」
上の階の廊下から七輪で煮炊きをしているソマリア人のハディジャとアイダが、通りかかった私に手招きした。
「あの男、かっこつけてるけど、ケチなんだよねえ。知ってた? あっちの新入り、すごく無口で無愛想だけど、あの人はいい人よ。信用できる」
下の洗濯場を行き交う男たちの品定めをしている。そんなことを知る由もない日本人の男たちは、洗濯をしたり食器を持って洗い場を行ったり来たりしている。
「あの大きな男、あいつはいい人ぶっているけど、心は悪いやつよ。アフリカ人が嫌いで、バカにしているのよね」
彼女たちの観察眼は時にとても鋭く、ほとんどしゃべったことのない日本人のことも、一言でずばりと言い当てる。
私は彼女たちが好きだった。アフリカに来てはじめて接したアフリカ人だ。喜怒哀楽が激しく、いつも大きな声で怒ったり泣いたりケンカしたり笑っていた。 ザーッとスコールが降ったあとの晴れ上がった空はきらきらと輝き、そんな空気の中で、彼女たちは安物のラジオから流れるアフリカンポップスにあわせてス テップを踏み、洗濯物を干し、手の上で玉ねぎを刻む。そんな手つき腰つきのひとつひとつに、私はアフリカを感じて目が離せなかった。何気ない彼女たちの動 作がかっこいいのだ。カンガ(腰に巻く布)の巻き方ひとつとっても、私には真似のできない着こなしだった。彼女たちを通じて、私ははじめてアフリカに出 会ったような気がした。
リバーハウスにはいろいろな日本人がやってきた。話を聞くと旅をしてきたところもその長さもはんぱではない。何しろ、一年や二年は短いほうで、五年も十 年も、中には二十年も旅を続けている人がいるのだ。カヌーをこいでジャングルの河を下った人、何年もかけて自転車で世界一周をしようとしている人、キリマ ンジャロのてっぺんまで自転車で行こうとしている人、アフリカ大陸を歩いて横断する人。そんな旅の強者たちは、無愛想でとっつきにくく見えるけれど、実は 心優しい人たちだった。
持っている資金を最大限に活用し、できるだけ長く多くの国をまわろうとしている旅人たちだから、ぎりぎりまで切り詰めた質素な生活をしていた。そんな旅 人たちから集めたお金は一円たりとも無駄には使えない、と歴代の管理人たちは心をくだいてくれた。食料を買ったあとに残った釣銭を細々と貯金し、まとまっ た額になると本棚を作ったり、カセットデッキを購入した。アフリカの旅は、世界のどの地域よりも肉体的にも精神的にも過酷だ。そんな旅の途中でナイロビに 立ち寄った時ぐらいは、心からくつろいで旅の疲れを癒し、充電し、そうしたらまた元気に旅立っていける。リバーハウスは、そんな場所だった。旅人たちが置 いていく文庫本で本棚は埋まり、茶の間で日本の歌を聴きながら将棋を打つ。歌謡曲から民謡まで、日本の様々な歌のカセットテープが置いてあった。
ふだんは日本人に出会うこともないところを旅している人々が、ひとつの場所に集まるのはめずらしい。これもリバーハウスの不思議な引力のせいかもしれな い。リバーハウスにたどり着くと、それまでの緊張がとけてついつい長居をしてしまい、時には次の旅に出発する気力をなえさせてしまう人たちもいた。それく らい居心地が良く、魔力のある宿だったのだ。
リバーハウスの茶の間で、食事の準備をしながら、もしくはチャイやビールを飲みながら、いつも四方山話に花が咲いた。アフリカのみならず、世界中を旅し てきた人たちの話はおもしろく、つきない。まだアフリカに一歩を踏み込んだばかりの私は、彼らのアフリカの話をどきどきワクワクしながら聞いた。しかしア フリカの印象は人それぞれに違い、話をいくら聞いても、具体的なイメージがわいてこない。どんな人々が何をして何を食べて何を考えてどんなふうに暮らして いるんだろう。
私もリバーハウスの引力につかまらないうちにさっさと旅立たなくては。とにかく西へ向かうことだけは決めていた。大陸の東側にあるケニアから、西側の大西洋沿岸まで陸路で抜けて行く。そのあとのことはそこで考えよう。

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早川千晶 著

2000年6月9日発行

【 目次から 】

第1章 アフリカ日和

第2章 彼女のマタトゥー

第3章 トタン屋根と青い空

第4章 ンゴマの森の精霊たち

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